寺田寅彦に関する、素朴な疑問

青空文庫でも読める、寺田寅彦の書いた「夏目漱石先生の追憶
もう何度も何度も読みましたが、一つ疑問が生まれて気になっています。
最後の方にこういう個所があります。

しかし自分の中にいる極端なエゴイストに言わせれば、
自分にとっては先生が俳句がうまかろうが、まずかろうが、
英文学に通じていようがいまいが、そんな事はどうでもよかった。
いわんや先生が大文豪になろうがなるまいが、
そんなことは問題にも何もならなかった。
むしろ先生がいつまでも名もないただの学校の先生であってくれたほうが
よかったではないかというような気がするくらいである。
先生が大家にならなかったら少なくももっと長生きをされたであろうという気がするのである。

寺田さんは、夏目先生に偉大な小説家だとか、
優秀な英文学者だとか、そんな勿体ぶった肩書はなくても、
夏目先生のことを大好きだった。
俳句がうまくてもへたでも、先生が普通の先生であってくれたら、
その方がストレスもなく長生きしてくれて、よかったのではないか、
そう言いたいのは分かります。
でもそもそも夏目先生と寺田さんの出会いと言うのは、
寺田さんの級友の落第阻止のために、夏目先生のお宅を訪れたついでに
「俳句って何?」と先生に訊ねたところからなわけだから、
先生の俳句がまずかったら、そういう話にならないし、
三日にあげず先生の家に通うようにはならなかったのでは・・・?
それとも、級友の落第阻止詣でがなく、俳句の件の会話がなかったとしても、
やはり寺田さんは夏目先生の門下最古参だったり、
菅虎雄さんや中村是公さんと同じカテゴリで括られるような、
門下で一番愛された人になってたのかなぁ・・・。
とはいえ、仮にどんな経緯を辿っても、
必ずこの人とは仲良くなったんだろうなと思える人が
人生で2~3人程度はいるとは思いますので、
夏目先生と寺田さんがそういう関係だと言うのなら、
疑問だと感じたところで意味はないですね、その通りです。
という、独り言以外の何物でもないような
極めて素朴な疑問でした。
最近、「三四郎」を再読しています。

三四郎 (岩波文庫) 三四郎 (岩波文庫)
(1990/04/16)
夏目 漱石

商品詳細を見る

前読んだときも好きでしたが、
寺田さんを好きになった今、野々宮宗八さんがさらに好きです。
浮世離れした、不思議な科学者、いいですねぇ。
そして門下の皆さんのことを色々思い浮かべながら読むと、
佐々木与次郎は絶対に鈴木三重吉だと思ったら、
wikiによるとやはりその通りみたいです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です