アーティスト/Tジョイ博多

アーティスト

第84回アカデミー賞で主要3部門、他2部門受賞した、
フランス発のモノクロサイレント映画です。
アカデミー賞とかより、モノクロサイレントに惹かれて、ずっと楽しみにしていました。
人生32年、最初に映画を観て泣いたのが、チャップリンの「キッド」でした。
以下ネタばれです。


最初にいくつか難癖をつけとくなら、
ぺピー役のベレニス ベジョがややモノクロサイレント女優っぽくなかった所。
現代風の映画だったら、きっとチャーミングなんだろうなと思いますが、
モノクロサイレント映画で美女として出てくる女優さんのイメージって、
綺麗は綺麗だけど、何となく垢抜けない感じなのです。
恐らく私の頭の中でモノクロサイレント女優=エドナ パーヴィアンスだからでしょう。
ベレニス ベジョはヴィヴィッドなカラー映画で観てみたいです。
ペドロ アルモドヴァルの映画なんか似合いそうだと思うんですよね。
大きい声で豪快に笑う姿もカッコ良さそうだし。
それから映像の白黒具合があっさりしていて、ちょっと物足りなかったです。
「フリークスも人間も」(これはセピアですが)とかの方が、モノトーンのえぐさが
よく出てたなと思います。
主演のジョージ役のジャン デュジャルダンは昔のハリウッド俳優っぽい雰囲気が
とてもよく出ていて、これは主演男優賞だよなーと納得。
執事のクリフトン役のジェームズ クロムウェルが味があってとてもよかったのと、
何より犬のアギーですよ、超名演。
色彩がなく、台詞のない映画で、演技たるものが何なのかということを、
一番弁えて演じていたのがアギーに違いありません。
もともと人間の言葉を話せないから、当然と言えば当然ですが、
それにしても巧かった。
ストーリーはとってもベタです。
サイレント映画時代の大スター、ジョージ ヴァレンティンの人気は飛ぶ鳥を落とす勢い。
そのジョージの目を引いた美しい女性、ぺピー ミラーはジョージの映画のエキストラから、
徐々に人気を得てゆき、時代はサイレント映画からトーキー映画へ変わる時代。
ぺピーの人気が最高潮に達した頃、ジョージの栄光は過去のものと化してしまいます。
自らメガホンを取ったサイレント映画はぺピーの映画に惨敗、
妻からは三行半を突き付けられ、株が大暴落して財産も失ってしまう。
そんなジョージとは裏腹に人気者になったぺピー、彼女はジョージに恋していて、
彼が落ちぶれても、陰ながらいつも彼を支え続ける、そんな分かりやすいラブストーリー。
色彩がなく、台詞もないという制限がある中で映画を取るとすると、
やはりどうしてもストーリーは分かりやすくなってしまうんでしょう。
少しでも多くを伝えようと演者の動作や表情も
トーキーよりも大げさにしなくてはいけないし、どこか白々しさも出てきます。
それが新鮮だったり、斬新に映ったりするという観客も多いのかも知れません。
このCGだの3Dだの、現実ではありえないような映像を自由、しかもリアルに作れる現代で、
敢えて制限の多いモノクロのサイレント映画をぶつけて来たというのは、
確かに「CGとか3Dとか使わなくても、いい映画はできる」と言いたいのもよく分かりますが、
1周回って、CGや3Dと同じなのではなかろうかとも思います。
サイレント映画が主流だった当時と、現代とではどうしてもモノクロ、サイレントの制限の意味が
違うような気がしてなりません。
なんて難しいことを書いてますが、
ベッタベタなストーリーと、やや白々しいモノクロサイレント映画仕様の演技で、
ボロボロに泣きながら観ていたのは私ですw
チャップリンの「キッド」で子供を助けようと家の屋根を飛び越え、
トラックに乗り移り、子供と抱き合ってるシーンで泣いた子供時代を思い出しました。
あの映画は私のモノクロサイレント映画好きと、ドヤ街スラム街好きに、
大きな影響を与えています、間違いないです。
この現代において、映像音声の技術が進化して、観客がそれに慣れて来た中で、
敢えて表現方法に制限を設け、その中でどれだけ観客に多くを伝えられるか、
どれだけ感動させられるかに挑戦した映画ではないかと思います。
私はね、3D映画とかよりも、こういう映画が好きです。
帰りに「ずっとこんな感じで最初はどうしようかと思った(笑)」なんて言ってた人がいました。
それが現代では普通の感覚なのかもしれないけども。

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