人格障害論の虚像

人格障害論の虚像―ラベルを貼ること剥がすこと 人格障害論の虚像―ラベルを貼ること剥がすこと
(2003/01)
高岡 健

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「人格障害」を過去の文学作品や事例を盛り込みながら、解説した本。
先日読んだ「思春期病棟の少女たち」も取り上げられていました。
1950年代アメリカの郊外に建てられる似通った住宅に準えた家族論は面白いです
「理想の家族」などというものは存在せず、
器としての「家」と、続々と立てられる似通ったそれに見合う家族。
そこに「理想の家族」などは存在しなかったが、
家族全員が狂っていることを認めばらばらになるか、
家族の誰か1人を「こいつがおかしい」として病人、キチガイ扱いして、
自分たちはその治療費を支払い、闇は1人に押し付けるとは、
スザンナ ケイセンが「思春期病棟の少女たち」の中で書いていました。
そこで生まれた「人格障害論」を日本が輸入した。
どこの世界にも「面倒な人」とか「扱いにくい人」はいるもので、
そういった人たちに「人格障害」というレッテルを貼り安心している専門家、
「性格の問題だから」と治療拒否する専門家もいるようです。
「人格障害」なんていうと、さも厄介な病気や障害でも抱えているようですが、
正体の分からないものに対する恐怖心を打ち消すために、
「面倒な人たち」「困った人たち」に名前を付けただけという感じもします。
しかしこのところ色んな本を読んだり、
ちょっと面倒な人と付き合ってたりしながら思うのは、
「荒らしにマジレスするヤツも荒らし」とネットの掲示板等で言われますが、
上手いことスルーする技術を身につけるのも大切かと思います。
誰か特定の「困ったチャン」や「面倒くさい人」を「人格障害」のレッテルを貼って、
排除するのは簡単なんでしょうが、
確かにそういう人たちは社会に存在して、
そういう人たちを排除しているだけでは何の解決にもなりません。
本を読んでるだけでも何の解決にもならないんですけどね。
ただ、ここ数年、「人格障害」の中でも冷淡で他人に無関心な
「統合失調質人格障害」に当てはまりそうな人を好きなので、
振り回されることなく好きでいるにはという、
手段みたいなのを学びたいと思っているのであります。
柔軟に、しかし確固たる覚悟を持っていこう。
その人は「統合失調質人格障害」っぽいですが、
そのレッテルを貼っただけで終わってはいけないということです。
お互い不器用ながらも色々繋がっているようなので、
愚痴をこぼしつつ、文句を言いつつも、広い柔らかな心で、
形式やスタンダードに捕らわれずにいたいと思います。

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