石ころ帽子の謎

子供の頃マンガは中々読ませてもらえませんでしたが、
弟が持っていた「ドラえもん」は読んでいました。
変な教科書より、ドラえもんで学んだことは多いです。
ドラえもんの道具の中で、「石ころ帽子」というのがありますが、
あれがどうも分からないんですよ。
石ころ帽子を被ると、「姿は見える」けど、その辺に転がってる石ころみたいに
気にされなくなるってヤツ。
透明マントなんかはメカニズムとかはともかく、
被ったところが全部消えてしまうので分かるんです。
でも「見えるけど認識されない」ってどういう状態なんでしょう。
たとえ石ころだって、見えれば意識はするじゃないですか。
砂利道ならともかく、アスファルトの上にぽつんと石があったら
逆に蹴りたくなったり投げたくなったりしますよねぇ。
ってことは視覚の隙間みたいなところに入り込んじゃうような感じなんでしょうか。
目には映るけど、脳にその情報が伝わらないような。
探し物してて見つからないと思ってたのに、
実は目の前にあったときみたいな感じになるのかな?
なんてことを言い出したのも、単に「石ころ帽子」がほしいと思ったわけです。
透明マントは夢の道具っぽい雰囲気ですが、
そういうのじゃなくて、持ってても「羨ましい」とか言われないような
地味な石ころ帽子が良いんですね。
小学校からの付き合いの友達に、先日、
「KAORIEって一見地味だけども何気に目立つよねぇ」と言われたのがきっかけ。
目立たなくなりたいです。
世間は「個性個性」とヒステリックに言っていますけども、
自分は没個性を唱えたい。
なのに、「没個性」を唱えてるのに、どうして目立つのか、と。
個性個性言ってる人たちに限って、全然目立った特徴ないのに。
あ、そうか、「個性豊かになる」って声高に言ってれば、
没個性できるのか。
でも「個性豊かになる」って難しそうなので、
やっぱりお手軽に石ころ帽子がほしいです。
外に出るときは必ず被って出るようにします。
どうせ帽子はいつも被ってるんだし、それで目立たなくなるならラッキーだぜ。
とかいいつつ、
絶対見つける人は見つけるんだろうなぁ、何人か心当たりあるけど。
でも気にされなくなりたいと思うのは、
そういう人たちに対してではないですからね。
でもたぶん、自分は石ころになっても極彩色とかなんですよ(笑)